2010.10.05
vol.53 秋の日の翳り

街路樹が色づき時々思いがけず冷たい風が吹き込む。そんな時に私はロンドンからウィンブルドンに下宿を移した。さすがにウィンブルドンは高級住宅地。素晴らしい邸宅が並び私の下宿もそんな一角にあった。

「これはあなたのナプキンリング」とオレンジの花の描かれているナプキンリングをランドレディ(下宿のマダム)のジルから渡された時は感激した。部屋は壁紙からランプシェードまでローラ・アシュレイでまとめられていた。

 下宿から学校に通うことにもやっと慣れた頃、駅前にマクドナルドがオープンした。今までこの地では殆ど見たことが無かった黒人や有色人種の若者が多くその店に集って来ていた。

 夕食の後、ジルと英国人の下宿の学生たちがマクドナルドの話をしだした。ウィンブルドンの雰囲気がたった一軒の店が出来たことでずいぶん変わったと言う内容だった。その中でただ一人の黄色人種である私は会話に入ることが出来なかった。それを察してかジルが「私たちの会話わかる?」と話しかけてきた。「わかる!私も同じ有色人種。黄色人種だよ。」とさりげなく言った。彼女は突然私の袖口を引き上げ、その腕を指して「ほらあなたの肌は白い!」そして自分の腕を指して「私も白いでしょう!」と言った。彼女の強い口調がずっと耳の奥に残った。その時私の脳裏に昼間の学校でのことが浮かんだ。

 その日の授業では自由に花を選んで好きな色の花でアレンジをするレッスンだった。迷っている私に先生が「 どの花を選んでも花はすべて同じに美しいよ。」と話しかけてくれたのだった。花の世界はこのように平等で何の差別も無いのに進化を続けた私たちの世界に多くの差別があることが不思議に思えた。あの時の心の翳りを毎年この季節になると思い出す。ウィンブルドンの美しい街の景色と共に。

日英フラワーアレンジメント協会チェアーパースン かわべやすこ