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2012.01.01
2012年を迎えて
『私の周りの大切な方々が今日も一日穏やかで心静かに過ごせますように!』あの春の日以来、世界遺産の下鴨神社で毎朝お祈りする言葉がこのように変わりました。何年か先の話ではなくとりあえず今日一日平和で幸せでいていただきたい。
被災地からレッスンに来られる方やご実家が被災された方。誰一人グチも泣き言もおっしゃいません。それだけに彼女たちの背負っておられる物の多さを感じて切なくなります。祈ることしかできない自分の微力を責めたくなっていた時素晴らしい出会いを神様は用意してくださっていたのです。
それはダライラマ14世との出会いでした。昨秋初めてお目にかかるチャンスに恵まれました。彼は2歳でダライラマの後継者として見出され5歳で故郷を追われてインドで暮らすことになられました。「しかしそのお陰で私は世界中に友人を得ることができた。」猊下(げいか)の言葉にネガティブな表現は何一つありませんでした。
最後に「理想の人物像」として猊下が語られたのは表裏のない透明感のある人間でした。過ごせますように!』あの春の日以来、世界遺産の下鴨神社で毎朝お祈りする言葉がこのように変わりました。
何年か先の話ではなくとりあえず今日一日平和で幸せでいていただきたい。
被災地からレッスンに来られる方やご実家が被災された方。誰一人グチも泣き言もおっしゃいません。それだけに彼女たちの背負っておられる物の多さを感じて切なくなります。祈ることしかできない自分の微力を責めたくなっていた時素晴らしい出会いを神様は用意してくださっていたのです。
それはダライラマ14世との出会いでした。昨秋初めてお目にかかるチャンスに恵まれました。彼は2歳でダライラマの後継者として見出され5歳で故郷を追われてインドで暮らすことになられました。「しかしそのお陰で私は世界中に友人を得ることができた。」猊下(げいか)の言葉にネガティブな表現は何一つありませんでした。
最後に「理想の人物像」として猊下が語られたのは表裏のない透明感のある人間でした。
心の中に他者に対する思いやりを持つことで自分自身が豊かになり自分を幸せな方向に持っていくことができる。とお話になられました。日本にも『情けは人のためならず』という言葉がありますが人のために思う気持ちが実は自分自身を育てているのだと改めて確信いたしました。
また猊下はこうもおっしゃいました。
「その人が信じられる宗教がその方にとって一番よい宗教。」「この宗教でなくてはいけない!」という布教活動をする方が多い中で益々ダライラマ14世に魅せられてしまいました。お目にかかった翌日被災地に行かれると仰っていましたが彼の愛で救われた方がお一人でも多くおられたことを祈らずにはいられません。言い古された言葉ですが人を思いやる気持ちに国境は無いのです。
日英フラワーアレンジメント協会チェアーパースン かわべやすこ
2011.10.01vol.57 黄色いフリージア
黄色いフリージアの花を見ると日本でフラワーアレンジのレッスンを始めた日の記憶が蘇る。
日本の雑誌で紹介されたリバティデパートでのフラワーショーの記事を見たお花屋さんの男性スタッフが習いに来てくれたのだった。渡英前から教えていた、テキスタイルフラワーのスタジオで女性に混じって彼はフリージアのコサージュを器用そうに仕上げた。
冬のロンドンの露天のフラワーショップの最前列に必ずフリージアがあった。冷たい風に吹かれながら負けずに蕾を膨らませる姿はともすればくじけそうになる私の心を何度も励ましてくれた。
日本に戻って英国で学んだフラワーアレンジのスクールをスタートする時はこの花を最初に使おうと決めていた。もうひとつ心に決めていたことがあった。それは恩師のMiss.Englishから贈られた言葉を守り伝えていくことだった。日本だと考えられないお名前だがこれは恩師の本名だった。
フラワースクールの卒業式の後みんなでパブに行った。十代の同級生はコーラやオレンジジュースを飲んでいたが私たちはギネスで乾杯した。誰かにご馳走したりしてもらったり。その賑やかな中で恩師は声をかけてくださった。
「あなたが日本に戻って花の仕事をして何か私を必要とするときはいつでも力になるから言ってきてね。」
その言葉のとおり「スタッフをイギリスのフラワーショップで研修させてあげたい」とお願いしたときは王室御用達のお花屋さんを紹介してくださった。
その後ロンドンのフォーシーズンホテルのフラワーショップで責任者をしておられて渡英するたびにお伺いした。その時々ロンドンで流行っている花の情報を聞かせてくださった。数年前のベッカムの結婚式の時はこの雑誌にブーケが出ているという事まで教えてくださった。
何かを強いたりすることは一切無く必要な時に力になって下さる。私は自分もそんなスタンスでスクールを展開したいとずっと願っていた。様々な事情でお目にかかれなくなってしまった方もいらっしゃるけれどその方たちにお伝えしたい。
「花のことであなたがわたしを必要とするときはいつでも力になりたいと思っていますよ!」
Miss.Englishがいつもそう言い続けて見守ってくださってきたように。2011.07.05vol.56 緑の響宴
様々に重なる緑の美しさを思うときいつも蘇るワンシーンがある。ロンドンのBBCの近くのフラット。窓の外にはその部屋に立つ人物を引き立てるような緑。淡いシダの色、濃い緑のアイビー・ハニーサークル・・・・フラワースクールで学んだすべてのグリーンがそこにあるような気がして一色ずつ葉の名前を思い出していた記憶がある。ここはロイヤルウェディングを手がけたシェーン・コノリーのご自宅。レッスンを受けたいという私たちのために彼は自宅に招いてくれたのだった。クリスマスローズ・においスミレ・バラその甘い香りとマジシャンのような手さばきを見ている私たちはまるで酔っているかのようだった。
「ブーケを作る一番大切なことは花のコンディションをブライダルの当日に最高の状態に持っていくこと!」彼のその言葉の通り花たちは完璧に美しい状態だった。
一輪の花も無駄にせず大切に慈しんでアレンジする彼がこの時代のロイヤルウェディングのフラワーデザイナーとして選ばれたことは当然といえば当然なことだったと思える。
偶然にも彼は私と同じロンドンのフラワースクール出身者だった。あのころ学校では月曜日に大きなアレンジを作り翌日は花束、水曜日はテーブルフラワーという風に少しずつ短く使っていき週末はドレスフラワーにして持ち帰った。
アレンジを学ぶのと同じ比重で花を大切に飾り続ける術を学んだ。
校長先生が伝えたかった事を一緒に学んだ花仲間が守り続けている。
無駄にしないのは仕上がったアレンジも同じだ。
「ノブレス オブリージェ」身分の高い人やお金持ちはそうでない人を助けるという考え方は深く浸透している。ブライダルで使われた花も再利用されそうした形で多くの人々に贈られたそうだ。
改めて彼の庭の美しさを思う。そのような形で命を与えられ大切に育まれた緑があの空間で幾重にも色を重ねていたのだ。ロンドンの厳しい冬にも負けずにその色を保っているグリーン。その姿は訪問者の私たちにはまるで緑の響宴のように感じられた。
日英フラワーアレンジメント協会チェアーパースン かわべやすこ
2011.04.04東北関東大震災で被災された皆様方にお見舞い申し上げます。
巻頭エッセイを書きました時に、このような現実が襲うとは思ってもみませんでした。ニュースを見て何度も涙いたしました。それにしても被災された方々の忍耐強い姿…。同じ日本人として、誇りを覚えました。頑張るのではなく今日一日を何とか大切にお過ごしください。その先に明るい未来が見えてくることを信じて。
かわべやすこDear Yasuko and Yuriko
I have been deep saddened by the tragic events in Japan. With so many friends in Japan and having visited the area of the earthquake and tsunami,I feel a personal sense of grief. However, that is nothing compared to what it must be like for people who have lost their loved ones, their homes and their businesses.I hope it is some comfort for you to know that people all over the world are thinking and praying for you. As I don’t have many people’s e-mail addresses, please pass on my thougts to my past students and anyone who knows me.
with my very best wishers to you. your families and all my friends in Japan.
Ercole親愛なるやすこ先生、ゆりこさん
日本おける痛ましい被害に心をいためております。日本にいらっしゃいますたくさんのお知り合いの方々や訪れたことのある場所を思うと、地震と津波での被害に、私個人、深い悲しみを感じます。被災された方々は、愛する人、愛する家、そして仕事を無くされたことに、私は何をすることもできませんけれども、いま世界中の人々が、皆さんが早く安らげることを思い、祈っています。私は多くの方にメールを送ることはできませんので、私の以前の生徒の方々、私を知っていらっしゃる方々に私の思いをお伝えくださいますようにお願いいたします。皆様を始め、皆様のご家族、日本にいる私の多くの友達、どうぞお元気でお過ごしください。
エレコレより。お花が皆様の癒しになりますように願っております。もし、JEFASでなにかお手伝いできることがありましたら、事務局までお知らせ下さい。
2011.04.04vol.55 十年前の約束
今から十年前ちょうど今のように桜の美しい季節にダライ・ラマ十四世が京都にお越しになられました。その際光栄にも、宗教雑誌の仕事で夫が猊下を撮影させていただきました。ライフワークとして撮り続けているインドの石仏の話をさせていただいていたところ「本にするときは推薦文を書いてあげましょう!」というありがたいお言葉を頂いたそうです。十年という時の流れと共にそのようなお話を頂いたことも私の記憶の中では殆ど消えていたのですがようやく本の形になりつつある昨年その推薦文が届きました。暖かい思いやりの溢れた文面に改めて猊下の器の大きさを感じました。
ある雑誌で猊下はこう仰っています。
「苦しんでいる友の肉体的な苦痛を消すことは出来ませんが人の心の痛みを受けとめ分かち合うことは出来ます。思いやりで人の痛みを消し去ることはできません。しかし小さな慰めをもたらすことは出来るはずです。」辛い立場の方のお話をお伺いしても「何もしてあげられない!」と自己嫌悪に陥ることがあるのですが、この言葉を頂くと少し自信が湧いてきます。相手を想う心を伝えることで微力ながら誰かを支えることが出来るような気がします。
そのような自分の中の可能性に気付かせていただけたことを感謝するとともに石仏の本の仕上がりが待たれてなりません。
日英フラワーアレンジメント協会チェアーパースン かわべやすこ
2011.01.01vol.54 幸せの青い鳥

新年明けましておめでとうございます。
皆様お元気で新しい年をお迎えになられたことと思います。今年もよろしくお願い致します。
私たちは日ごろ偶然だと思うことが多くあります。それらは心理学者ユングの言葉では「シンクロニシティ」と言うそうです。共時性と訳されますが日常生活の中の小さな奇跡と言われています。
大切に飾ってあるガラスの青い鳥を見るたびにこの言葉を思い出します。いくつかのシンクロニシティのおかげでこの鳥は私の元にやってきてくれたのです。最初のシンクロニシティは28年前のこと。商社のギャラリーをお借りしてテキスタイルフラワーの作品展を行ったときのことでした。芳名録に残されたサインに私は驚愕しました。大好きだった恩師とそっくりの筆跡で同じ住所・苗字のサインが残されていたのです。違うのは名前だけ。恩師はすでにお亡くなりになっているのに……どなただろう?お尋ねすると恩師のお嬢様だということがわかりました。色白の肌と美しい横顔はお母様譲りでした。その商社の社長秘書をなさっていたのです。
2回目のシンクロニシティは昨年の秋のこと。友人が恩師のご自宅に行かれるということでご一緒させていただきました。いつかご主人と恩師である奥様のことをお話したいとずっと思っていたのです。
先生はいつも私の花のイベントに来て下さってその度にガラスの鳥をプレゼントしてくださったのです。「こういったとき本当は食べるものをお持ちするのが良いかと思うのですが私はやすこさんに残るものをお渡ししたいと思って…」
そのお話をご主人にさせていただくとその時期すでに先生は癌宣告をされておられたことがわかりました。話し終えて何気なくサイドボードに目をやると私がいただいたのと同じガラスの青い鳥が飾られていたのです。「この鳥です!私がいつも先生に頂いていたのは!」と申し上げるとご主人はすぐに「あなたにこの鳥を差し上げましょう。お持ち帰りなさい」と仰いました。我が家の一員になった青い鳥はいつもやさしい微笑を浮かべています。その笑顔は大好きな恩師の素敵な姿と重なり私を幸せにしてくれます。幸せの青い鳥は私の日常を見守ってくれているのです。
半世紀以上の時の流れを経て我が家にやってきてくれた小鳥。このシンクロニシティには恩師のお取り計らいがどこかにあった気がしてなりません。
日英フラワーアレンジメント協会チェアーパースン かわべやすこ
2010.10.05vol.53 秋の日の翳り
街路樹が色づき時々思いがけず冷たい風が吹き込む。そんな時に私はロンドンからウィンブルドンに下宿を移した。さすがにウィンブルドンは高級住宅地。素晴らしい邸宅が並び私の下宿もそんな一角にあった。「これはあなたのナプキンリング」とオレンジの花の描かれているナプキンリングをランドレディ(下宿のマダム)のジルから渡された時は感激した。部屋は壁紙からランプシェードまでローラ・アシュレイでまとめられていた。
下宿から学校に通うことにもやっと慣れた頃、駅前にマクドナルドがオープンした。今までこの地では殆ど見たことが無かった黒人や有色人種の若者が多くその店に集って来ていた。
夕食の後、ジルと英国人の下宿の学生たちがマクドナルドの話をしだした。ウィンブルドンの雰囲気がたった一軒の店が出来たことでずいぶん変わったと言う内容だった。その中でただ一人の黄色人種である私は会話に入ることが出来なかった。それを察してかジルが「私たちの会話わかる?」と話しかけてきた。「わかる!私も同じ有色人種。黄色人種だよ。」とさりげなく言った。彼女は突然私の袖口を引き上げ、その腕を指して「ほらあなたの肌は白い!」そして自分の腕を指して「私も白いでしょう!」と言った。彼女の強い口調がずっと耳の奥に残った。その時私の脳裏に昼間の学校でのことが浮かんだ。
その日の授業では自由に花を選んで好きな色の花でアレンジをするレッスンだった。迷っている私に先生が「 どの花を選んでも花はすべて同じに美しいよ。」と話しかけてくれたのだった。花の世界はこのように平等で何の差別も無いのに進化を続けた私たちの世界に多くの差別があることが不思議に思えた。あの時の心の翳りを毎年この季節になると思い出す。ウィンブルドンの美しい街の景色と共に。
日英フラワーアレンジメント協会チェアーパースン かわべやすこ















